衆生の至誠心に就いて つづき
【明治から大正にかけて活動されたお坊さんの文章を紹介しています。現代のお経ではないかと思っています。「宗祖の皮髄」(皮と髄・・・すべて)より。】
☆ ⑦理性的の至誠
眼より額(ひたい)の中部までを理性とせば、人間は他の動物より殊にこの部分の発達し居るを見る。人類が高等動物に比較して肉体機関の軟弱なるに拘わらず、他の動物を制伏(せいふく)して最高の位置を占むる所以は、精神と理性とが特殊に発達しおるに依るなり。理性は自然界の一切の理を認識し弁別し考察し工夫し推理す。これを有するものは人間のみの特長なり。
彼の理化を応用して蒸気や電気を発明し、またこれをすべての器械にも応用しうるに至りしは、悉く理性より発明されしに非ずや。また天文地理等の自然現象の事物を理解し、百科の学説を立てて万物の原理を思弁し、判断し観察して哲学等を弄(もてあそ)び、また一方には常識を以って我と人との社交を為し、道徳倫理を以って秩序を整え、または法律を以って人の義務や権利を正しくす、これ皆理性ある人類にして初めて行はる。
倫理というも人間が高等なる理性を以って自己の肉体の動物欲を制し、道として守らざるべからざる自己の行為として、規定するが如き人類には赫々たる理性の光を以って動物を制伏す。去りながら人間とても理性を悪用し濫(みだ)したる暁には、天性の人や動物よりも遥かに悪しき且つ恐ろしき働きを為すことあり。
誠は天命の性として人類に具有すれども、意識的には判然と外面へ顕われず。その性の作(な)す処も誠に契(かな)ふ事と契(かな)わざる事とあり。たとい現に悪しき働きを為さずとも、因縁に随って悪しき方へ発達することを妨げず。すでに理性の働きの中(うち)には、虚仮と真実との両面に意識を働かし、理性自ら悪しき事を為せども、他人の前には隠蔽す。理性に是、虚仮詐欺の働きある所以。至誠(まごころ)の本体は霊性なり。たとへ具有すれども開発せざれば顕わすこと能(あた)わず。
宗教の目的はこの霊性の開発にあり。いかに学問上仏教に明るく説明は巧みなるも、そは理性に於いて教理を理解するに過ぎず。自然界の一切の事物を識(し)り得らるるは、科学の範囲に於ける理性の働きなり。仏教の目的の対象は心霊界の区域にあり。故に冷静を開く心眼なくんば之を知見すること能(あた)わず。
実に心霊界は肉眼を以って見る範囲に非(あら)ざれども、心眼を開けば必ずしも見られざるに非(あら)ず。すべて仏陀(ほとけ)の実験〔実際に体験しているという意味〕の説より成(な)れる大乗教の浄佛国土のごときは、霊界なれども心眼を以ってすれば見得(みう)べきなり。いかほど理性の知識を研(みが)くとても霊性の実修なければ、如来諸説の佛身佛土を観見(かんけん)すること不可能なり。
もし理性の学識を以って霊界の真理を経験し得るならば、教祖釈尊は太子の当時有(あら)ゆる天下の学者を集めて、学問の上に真理を実験〔体験〕すべき方法を講ぜられしならんに、しかも人間の知識も学問も技芸も財實(たから)も、乃至、一切を悉く棄損して山に入りて道を学すること六年、修行を終わり豁然(かつねん)大悟の暁は無上正覚を得て、霊界の全部を正しく実験なされし如きは、霊性開けて見れば宇宙全体、無量光明世界なることを知る。焉(ここ)に至りて従来を省みれば無明の闇深く生死の夢を貪りつつありしを嘆ぜむ。
自(おのず)から目覚めて而(しこう)して後の世の中の迷いの夢に醒(さ)めざる人を見るとき、實(げ)に哀れ不憫と嘆ぜざるを得ぬ。然らばこの夢中の人を覚醒せしむるには如何せん。寧(むし)ろ諸仏とともに常楽世界に安住するに如かじと思はれしも、一歩進んで観ずれば、一切衆生の生死迷夢のうちにも霊性は失わずこれを開くときは諸仏と異なることなし。
いざこれよりは一切衆生を度せん哉(かな)とそれより教化(きょうげ)の途(みち)に出で給ふ。我が宗祖、夙(つと)に一切の聖経を学び、深く仏教の奥底を究めしも、これはこれ、ただ学解の分際にして未だ証入の門にあらずと、永年苦心の結果専修念佛の一行を選び、こゝに権門の方便を出で、直入真実の行に入り給う。
教祖および宗祖、ともに理性に於いては出離の道を得ること能(あた)はざるを悟り、専ら霊性を開くの道に就き給えり。さればこそ霊に活きたる導師として、迷妄暗闇の灯明として衆生を霊界に誘導するを得給いしなり。
然るに動物の如きはこの理性に於いて欠くるところあるを以って、善悪供に区別することを得ざるを以って、意識的の虚仮あることなければ法律上道徳上善悪の責任なし。ただ理性ある人間にして虚実善悪の責任を負うものとす。
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