三種の愛に比例して親縁を明す
【明治から大正にかけて活動されたお坊さんの文章を紹介しています。現代のお経ではないでしょうか】
生物が生理の自然に規定せられて、我と彼との親密なる相愛の関係を示すもの三種あり、この三種の親愛を以って神人合一の親縁(しんねん)を明かさん。一は父子の関係に例し心情の信仰は例えば慈しみの父、愛の母と愛慕する如くに、心霊の為にいと慈愛深き如来を愛慕し奉り。
二に異性相愛の如く衆生如来を愛楽(あいぎょう)し雲井はるかに霊的憧憬一心に如来を見まく欲しさに恋念する如きは、聖きに胸を焦がし霊(きよ)きに思いを煩わすこと、肉我の異性的の関係なると例せり。但(ただし)大いに異なるは、其の内容に於ける即ち神的霊妙なると、肉の不浄なるとにあるのみ、之には神を恋人のそれの如くに愛し奉る故に親縁なり。
三に小我大我の関係の親愛。心情の信仰が最終の甚深(じんじん)なる精密なる心情の奥に至っては、神の中に己(おのれ)を投じ、巳(すで)に神秘融合の奥室に至りては小我と大我と調和し、生佛感応、真我の外(ほか)に妄我なく、如来の大なる愛に同化せられ、如来大我の外に我なく如来とは大なる我、また観念我または理想とも云うべく、如来は我を客体化したる我に外ならず、ここに至って宗教的関係の最終の真髄に達せるものと云うべし。
道詠歌
まちいづるほのかに山の端(は)ににほふ
月見るときはうれしかりけり
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