親愛その2
【現代のお経とも思われる文章を紹介しています。明治から大正にかけて活動されたお坊さんの言葉です。「光明の生活」より】【前回の続きです】
麗らかなる春の和(やわらか)き温(あたたか)き霊気に霊酔せば、いつしか憤怒(いかり)、恨戻(うらみ)、嫉忌(ねたみ)、復讐(あたがえし)【ふくしゅう】、などのすべて害他的の悪しき動機は麻痺して、而(しか)して温和、同情、博愛、同喜などのすべての愛他の心情(こころ)起こるならむ。若し人、一たびこの大なる慈愛の浩気(こうき)に呼吸せる霊(きよ)き生活を経験せんか。この霊気を離れたる妖霧魔塵(ようむまじん)の萬丈(まんじょう)なる大気の生息は、実に耐えざる所なり。
親縁(しんねん)とは如来の無限なる慈愛より、衆生の感情等の内容に加被(かび)し給(たま)う勢力(ちから)にして、人の方より如来を深く愛楽(あいぎょう)し奉(たてまつ)る信念に相応し、融合する本質なり。如来は大慈愛の親縁を以って衆生に加え給ひ、人は愛楽(あいぎょう)を以ってこれを念持し、衆生仏を憶念すれば仏もまた衆生を憶念し給ふ。
如来を愛し上(たてまつ)れば、如来もまた衆生を愛寵(あいちょう)し給(たま)ふ。相愛親和の相互する所に、不可思議的神秘の融合を感ず。吾人が感情の信念に霊的愛慕し上(たてまつ)る如来の恩容(おんよう)を観じ奉(たてまつ)れば、いと麗しく妙(た)へに、いと勝(すぐ)れて美に威厳、殊(こと)に魏(たか)く相好独り勝(すぐ)れさせ給いて、信念のあるところに表現し給ふは何ぞや。
如来の勝応身(しょうおうじん)が相好円満にして、いと美しきを示し給ふは、衆生に対する大なる愛の権化にましまさずや。是、大慈悲の表現にましまさずや。之に対する衆生の宗教衝動は霊的憧憬とし、神的恋愛とし之を葵仰(きこう)【仰ぎ敬う】し之を憶念して止(や)まず。斯(かゝ)るを感情の信念とす。
如来はただ無縁の慈悲を以って遍(あまね)く法界に充満し、而して衆生の精神の内容なる心情に融合し、而(しか)して神秘的に融合し、神人合一の妙機に歓天喜地の感応を人の心情に与え給ひて、世に吹き荒(すさ)む八風の為にも心を動揺せず、いかなる境遇(ばあい)に臨んでも泰然として心広く、体肝(たいゆたか)に自然に幸福ならしむるは、人の情操に与えらるゝ恩寵なり。
道詠歌
こゝをぞとさやかに今は見へねども
月のかたにぞあくがれにける
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