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2009年6月 7日 (日)

仏心は大慈悲

 【現代のお経では、とひそかに思っているお坊さんの文章(光明の生活)を紹介しています。明治から大正にかけて活動されました】

 如来は大慈愛の化現(けげん)、全体愛にまします。経に仏心を観る者は亦(また)仏心を見る。仏心とは大慈悲是(これ)なりと。仏心の相好円満、無尽の光明全く愛ならざるはなし。

 故に大愛の権化たる仏(ほとけ)の相好を瞻(みあげ)るときは、満腔の慈愛にうたれて仏心の大慈悲なることも思わざるをえぬ。如来が全体愛を持って光明常に我らに注ぎて愛化し玉ふ。此の慈愛に育まれたる我らは、満腔の愛を以って如来を憶念せざるをえぬ。

       ―――――――――――――――――――――――――――

 【仏のはたらきを象徴した十二光佛を此のお坊さんは、歌にしています。その三つは前回、前々回で紹介していますので、後の九佛の歌を紹介しておきます】

 無對光(むたいこう)

    たくらぶるものこそなけれいと尊(たか)き

               わがみほとけの照らす光に

 炎王光 

    いかばかり罪の薪(たきぎ)はつもるとも

                焼きつくすなり弥陀の光は

 清浄光

    見るにつけ聞くにつけても染(そ)みやすき

                  心をきよき光とぞする

 歓喜光

    歓びの光にあはゞとことはに

                のどけき春の心地こそすれ

 知慧光

    みほとけのさとき光に照らしみよ

                みな実相のすがたなりけり

 不断光

    断(た)えなくば海水(わだつみ)さへもくみつくす

                  何ごとかそもならざらめやは

 難思光

    目にみえぬ思ひにもまた及ばぬは

                 光にふれし心なりけり

 無稱光(むしょうこう)

    うれしともまた楽しとも言の葉に

                 及ばぬ光にあふ心地かな

 超日月光

    月も日も及ばぬ人のこころまで

                 照らすほとけの光なりけり

                           次回へ

             

    

 

 

 

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