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2009年6月 4日 (木)

釈尊出世の本懐(しゃくそんしゅっせのほんかい)

 【釈尊の残されたお経は、二千年以上も前のものらしく(不勉強なのです)、方便という方法で、弟子たちをを導こうとしているように思います】

 【その釈尊が入られた悟りの世界に、その世界に入られたのではないかと思われるお方が、この日本に現れました。そのお方は明治から大正にかけて活動された、浄土宗系のお坊さんです】

 【そのお坊さんが現代のお経ともいうべき言葉を文章に残しております。その文章は、方便という形ではなく、現代人もうなずけるような、たとえを持って仏の心を、真理を語っているように思えるのです】

 【例を挙げれば、『渋柿も太陽の光に当たれば、甘柿となるように、人の心の煩悩も仏の光を受けることによって清き心となる。煩悩即菩提である』といったように】

 【その現代のお経とも言うべき文章に接してほしく思い、ここに写し取りたいと思います】

     釈尊出世の本懐。

 釈尊この世に出(いで)ましなされて、生涯にわたってもっぱらお力を尽くしなされた御本懐(ごほんかい)は、那邊(なへん=どこ)にありやとなれば、それは世のもろもろの衆生が、心の闇と悩みと罪とにより、闇のうちにさまよいあるを哀れみ、すべての人類を明るきと安(やすき)と聖(きよ)きに復活させ而(しか=そう)して円満なる人とし永遠の光明に導かんがために世に御出ましなされた。

 経に「如来無尽大悲を以って三界を哀れみ、光(ひろく)道教(=おしえのみち)を開き、群萌(ぐんもう)を救わんと欲し、恵むに真実の利を以ってす」と。恵むに真実の利とは如来の慈父の光明を獲得して聖き人と生まれ変わって現世を通じて永遠の生命を得(え)せしめんとの御慈悲なり。

 【私心(わたくしごころ)が感じられないこのお方の文章は、本当に心地よいです】

                    次回へ

 

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