親愛 その1
【明治から大正にかけて活動されたお坊さんの文章を紹介しています。現代のお経ではないかと思っています】
如来心光の三霊能の中に於いて親縁とは大なる愛、即ち大慈悲心と衆生の感情的信念との感応融合によりて、心情を美化するの霊能なり。即ち太陽の熱線に比例すべきものとす。
この大慈悲の霊熱に感応する人の心情は平和、歓喜、妙楽、安穏、感佩(かんぱい)【ありがたく心に思うこと】等のすべての心理上の、最も優美なる高尚なる微妙(みみょう)なる甚深(じんしん)なる言うべからざる不可思議的感情の状態なり。
例えば若し太陽の能力より起こす所の温熱なからんか【なかったとしたならば】、地上の有機物が生存し能(あた)わざると同じく、如来大慈悲の霊力に依らざれば、人の聖(きよ)き生命は生存すべきものにあらず。大なる愛の光は温和柔軟(おんわにゅうなん)にして、能(よ)く人の心霊を生息せしむ。新鮮なる活気は聖(きよ)きに呼吸せしめ、三昧の妙味に霊の生命は保存せらる。無限の妙楽と自然の歓喜とは如来の泉より湧く。
されば人は如何(いか)なる嶮(けわ)しき艱難(かんなん)の坂、困苦の峠に臨んでも、または失敗の谷に陥(お)ち、失意の抗(あな)に陥(おち)いるも、暖かなる慈愛の光は照らさぬ隅(くま)なく、平和と慰藉(いしゃ)【同情して慰める】とは何(いず)れの時にか与え給(たま)はざらむ。
如来の慈愛の温熱(あたたかみ)は人をして、寒慄(みぶるい)せしむる畏怖(おそれ)にも憂悲苦悩(しんぱいなやみ)のなかにも、その心情(こころ)を融和(とか)して而(しか)して、安穏と歓喜とに美化せしむ。
道詠歌
朧夜(おぼろよ)のこゝとさやかに見へねども
月のかたにぞあくがるゝかな
次回へ続けます。
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