心とは?(全体から個へ)
前に物事の二面性について、書いた記事とダブルかと思いますが、再確認の意味もこめて考えてみたいと思います。全体から個へ向かった思考といえるかどうか、自身はありませんが。
たとえば、薄い紙一枚を思い浮かべてみましょう。表と裏と両面あります。表だけで裏のない紙は想像できません。紙があるということは、表と裏と二面があるということです(単なるたとえです)。磁石のSとN、男と女、精神の善と悪、あるいは神と悪魔、物質と精神、誕生と消滅、(これは現象?)などこの世の出来事は二面性があると受け止められます。(相対的であるとの見方も重要だと思います)
心とは何か。心と表現するときは通常、人の精神のことを言います。宇宙の精神を心とはあまり言いません。いってもおかしくはないのですが。ここ「心の世界」では宇宙の精神と人の心は同質であるとの見方をしています。この世に生まれ出たときから、宇宙の精神からほんのちょっとだけ分けられ宿って、心となったのだと、受け止めることにしています。表現を変えると、人の心は(人に限りませんが)宇宙の精神が‘反映’したものです。
少しも科学的ではありませんが、このように受け止めて、物事を考えるときの視点にするのです。それまでの疑問が納得に変わっていくような気がしませんか。
全体の精神の一部が、この世に生まれ出た生命に宿って、個としての心の活動を始めるのです。その心を意識できる人間は、私は誰?と考えるのでしょう。
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コメント
はじめましての通行人です。
あるところで、色彩についての野矢茂樹の議論に疑問を呈していらっしゃいましたね。野矢先生にかわり少しだけお答えします。
>蛇が白いのは物質的現象ですが、そう認識するのは‘こころ’なのです。こわい、かわいい、は感情の表れ、白いと観るのは理性の認識です。
たとえば「蛇がそこにいる」のも物質的現象ですが、そう認識するのもやはり理性の働きです。『したがって蛇のみならず、認識される物質的世界の存在そのものが‘こころ’である。』・・・この帰結にあなたが満足なら、もはや議論はありませんが。
あなたの主張を論理的に延長して、あなたの主張の問題点(と僕が見ること)を浮かび上がらせようとしてみました。わりと野矢っぽい手管です。どうでしょう。
投稿: カルテシアン | 2008年1月10日 (木) 19時25分